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俳優・ナレーターとして長年活躍した森本レオさんが、2026年9月4日に83歳で亡くなっていたことが分かりました。11日、所属事務所(ウータニア)が「原因不明の突然死」と発表し、穏やかな顔で旅立ったと伝えています。葬儀はすでに家族のみで執り行われ、お別れの会は予定されていないとのことです。年齢や経歴、代表作、愛されたナレーションの仕事を、公式発表と報道をもとに整理しました。

事務所発表の内容と経緯
所属事務所は関係者向けの文書で、森本レオさんが令和8年(2026年)9月4日に83歳で永眠したと報告しました。死因については「原因不明の突然死」としつつ、「とても穏やかな顔で旅立ちました」と記しています。
葬儀は故人と遺族の意向により家族のみで実施済み。お別れの会は予定がなく、弔問・香典・供花も固く辞退するとしています。突然の発表となったため、続報は事務所の正式な発信を確認するのが確実です。詳細な病状経過など、公式に出ていない情報はここでは断定しません。

森本レオさん
— 中野英雄 (@bugsyinc) 2026年9月11日
私が16歳の時に高円寺の蕎麦屋で
出前のアルバイトをしていた頃
出前先がレオさんのお宅でした
10年後にフジテレビ
[愛という名のもとに]にて初共演し
顔合わせで蕎麦屋ですとご挨拶したら
ビックリされてましたね
優しくして頂き有難う御座いました
ご冥福をお祈り致します pic.twitter.com/LQm8j8trwm
共演経験のある俳優・中野英雄さんもXで当時のエピソードを交え、追悼の言葉を寄せています。報道各社も一斉に訃報を伝え、穏やかな語り口で親しまれた功績を振り返る記事が続いています。
詳しい発表文はORICON NEWSの記事や各紙のおくやみ面でも確認できます。
年齢・本名・プロフィールは?
森本レオさん(本名・森本治行)は1943年2月13日生まれ、愛知県名古屋市出身。享年83歳でした。日本大学芸術学部を卒業後、1967年にNHKドラマ『高校生時代』で俳優デビュー。翌1968年からは東海ラジオ『ミッドナイト東海』のDJを務め、独特の語り口で人気を集めました。
芸名の「レオ」は「俺」を逆さにした、と本人が語っていたと複数の報道で紹介されています。身長177cm、血液型O型とプロフィールに記載されることが多いです。2010年には心筋梗塞で入院した経験があり、その後は公の場への露出が減っていたとも伝えられています。


俳優としての代表作
俳優としてはバイプレーヤーとして幅広く活躍。NHK『黄色い涙』の主演をはじめ、フジテレビ系『ロングバケーション』『ショムニ』、連続テレビ小説『あぐり』など、ドラマの顔ぶれに名前が並ぶ作品は少なくありません。映画でも『先生!、、、好きになってもいいですか?』など出演作があります。
マイペースで肩の力が抜けた役柄が印象に残る一方、ときにキリッとした役もこなす引き出しの広さが持ち味でした。バラエティーではテレビ朝日系『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』のナレーションでもおなじみでした。


きかんしゃトーマスと声の仕事
声の仕事でも大きな足跡を残しています。フジテレビ系で放送された『きかんしゃトーマス』では、日本語版の初代ナレーターとして第1シリーズから第8シリーズまで担当。子ども向け番組の語りとして、親世代・子世代の両方に声が染みている人も多いでしょう。NHKの人形劇『三国志』で諸葛孔明の声を務めたことでも知られます。
CMナレーションや朗読コンサートなど、声そのものが仕事の中心になる場面も多く、「ほのぼの」「マイルド」と表現される語り口は森本さんならではの個性でした。

トーク番組『鶴瓶のスジナシ』公式チャンネルにも、森本さんが出演した回が公開されています。芝居人としての軽やかな受け答えが伝わってくる映像です。
報道映像で知る訃報のポイント
日テレNEWSやANNなど、テレビ局の公式YouTubeでも訃報が伝えられています。事務所発表の要点(9月4日死去・83歳・原因不明の突然死・家族葬済み)を短時間で確認したいときに参照しやすいです。


まとめ
森本レオさんは1943年生まれ・享年83歳。名古屋出身で、ラジオDJから俳優・ナレーターへ活躍の場を広げ、『ロングバケーション』『ショムニ』などの映像作品と、『きかんしゃトーマス』をはじめとする声の仕事で親しまれました。所属事務所は9月4日の死去を11日に発表し、原因不明の突然死だったと説明。葬儀は家族のみで執り行われています。
公式に出ていない死因の詳細や私的な事情については、ここでは踏み込みません。まずは事務所発表と、本人が残した作品・声を手がかりに、静かに偲びたいところです。











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